2026.5.13
幻の国産時計 -富士時計「PHOENIX」
戦後日本の時計の歴史は、
名を残したメーカーだけで築かれたものではありません。
時代の表舞台には立たずとも、
苦しい時代の中で時計づくりに挑み、その足跡を静かに残した時計も確かに存在しました。
そのひとつが、富士時計の「Phoenix(フェニックス)」です。
富士時計株式会社は、
戦後復興の空気が色濃く残る1947年に設立されたとされています。
資料によれば、その翌年となる1948年に、
代表的なモデルとして誕生したのがフェニックスでした。

富士時計株式会社
富士時計株式会社は、戦後復興の空気が色濃く残る1947年に設立されたとされています。
資料によれば、その翌年となる1948年頃から腕時計の製造を開始し、その代表的なモデルとして誕生したのがフェニックスでした。
“Phoenix”――不死鳥。
焼け野原から再び立ち上がろうとしていた戦後の日本。
産業も経済も、まだ安定とは程遠く、ものづくりの現場には資材不足、設備不足、資金不足という厳しい現実がありました。
そんな時代の中で、
あえて“不死鳥”という名を時計に託したことに、当時の人々の想いを感じずにはいられません。
しかし、富士時計の歩みは決して長くはありませんでした。
戦後特有の厳しい経営環境や生産体制の課題もあり、資料によれば1949年には工場閉鎖に至ったとあります。
つまりフェニックスが製造されていた期間は、わずか1〜2年ほどだったということになります。
それゆえ、現代に残る個体数は極めて少なく、市場でその姿を見る機会は、殆どありません。
だからこそ、
フェニックスは単なる“希少な時計”という言葉では語りきれない存在になっています。
不死鳥が翼を広げたようにも見える美しいラグデザイン。
凛とした存在感を放つ文字盤。
そこには、華やかな装飾で魅せる美しさではなく、「限られた環境の中でも、少しでも良いものを作ろう」とした、ものづくりへの真摯な姿勢が感じられます。
現代を生きる私たちには、戦後を生きた職人たちの苦労を本当の意味で知ることはできないかもしれません。
それでも、このフェニックスという一本を前にすると、ただ古い時計を見ているのではなく、時代そのものと向き合っているような感覚になります。

富士時計「PHOENIX」フェニックス
それは、単に現存数が少ないから価値があるのではありません。
日本が再び立ち上がろうとしていた時代に、
時計づくりへ人生を懸けた人々の志が、
今も静かに息づいている。
そう感じさせてくれる、国産時計史の中の特別な一本だと思います。


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